恋のあれこれ
最近友人の結婚式があった。
ツキマシテハ、愛だの恋だのをウダウダ悩み倒している
28歳男性の頭の中をこの場を借りて整理します、あくまで頭の中の整理ですので、
自分のメモがわり。
最近読んだ2つの本
①自分の中に毒を持て 岡本太郎著
『たとえ別れていても、相手が死んでしまっていても、この人が自分の探し求めていた人だと強く感じとっている相手がいれば、それが運命的な出会いの対象だと言える。
必ずしも相手がこちらを意識しなくてもいいんだ。
こちらが相手と出会ったという気持ちがあれば、それが本当の出会いで、自己発見なんだ。』P148
②自分とかないから-教養としての東洋哲学-
しんめいP著
『この世界はすべて「空」である。
この世界はすべて「フィクション」である。
この世界は、「ことばの魔法」がうみだした「幻」なのだ。』
2章「空」この世はフィクション
どちらも恋愛についての書ではないが
心に引っ掛かりがあり、印象的だった箇所。
①運命ってなに?永遠の命題ですね
雷に打たれたような〜云々言われ方しますが
僕個人的にはふとしたその人の一言を思い出して
口角があがる瞬間があるかないか、です。
決して思い出し笑いではなく
サラッと言った一言に凝縮されたその人の
人生観や人となりが垣間見える瞬間である。
言葉が巧みな人は、『それっぽい』で終わる。
薄っぺらいわけではないが、どこか人間味がない。
僕には運命だったと思う人がいる。
デートでレンタカーを返却時間内に返し損ねて
落ち込み気味の僕に『じゃあ東京タワーまでいけるね』と一言。
その子からしたら本当に何気ない、
素で出た言葉かもしれないが、この爆発力はすごい。すごくすごく嬉しかったし、今でもふとした時に思い出してはなんて素敵なんだろうと
胸を撫でることが、ある。
一瞬で返しそびれて良かったと思えたし
そう思わせてくれる人間性にひどく心打たれた。
もう一つ、『図書館に行ったら何でも解決できる気がするんだよね』
これもすごい。無数にある本の世界の
中心に彼女がいて目を閉じている。
念力か何かで解決に必要な情報だけをピックアップし、解決した折には満面の笑みで図書館を颯爽と去る彼女が浮かんだ。
実際に本を読んで解決することはないだろうが
ここまで想像力を働かせる一言ってすごい。
悩んだ時に思い出せば、解決なんてしてないのに解決した気になるパワーを持っている。うん、素敵。
私の運命論はこの辺にして、岡本太郎は
運命とは決して結ばれなくてもあなたの心の中に運命と出会えた、その気持ちがあるだけでええねん。あなたの中の新しいあなたに出会えた瞬間やねん。と言っている。これは絶大に支持したい。だってお別れてしてもなお、
思い出してはこれでもか!と何度もことばの魔法をかけてくれる瞬間を知っているので。
補足だが、岡本太郎は生涯独身を貫いたそう。(調べたら法的な結婚はせずパートナーは長年いたそう)さすが首尾一貫で気持ちいい人。
②ブッダの思想を汲んだ龍樹の言葉。
この世はどうやらフィクションらしい。
曰く、彼氏彼女でいえば『好き』とお互いが
認め合った日から他人だった2人は「彼氏」と
「彼女」というフィクション、依存し合う夢の世界の住民になる。
別れて仕舞えば他人。そうお互いが認識しているだけで世界は何も変わっちゃあいないのである。
結婚もそう。プロポーズを経て婚姻届を出した時点から「彼氏」「彼女」から「父」「母」へ。
今まで他人だった彼女の両親はいつしか
「お父さん」「お母さん」なんて呼んでる始末。
離婚して仕舞えば他人。つまり自分で
フィクションを作り上げているだけで
事実この世は「空」、会社も実体はなく
勝手に借り物の建物をそう呼んでいるだけ。
社長もみんながそう言っているから
社長なのである。
そう思えばなんか人生楽になりませんか〜?
な本である。
確かになあ、そう思えば果たして結婚なんてどうなんかいな、とも思えてくる。
この本に出会う前から結婚は何となくしたいと思ってはいても
家庭を築き、子を育てているイメージは
全然湧かなかった。
結婚式を見て失礼の極みかもしれないが
どこか遠い出来事のように思うし、果たして結婚って幸せなの?と思う。
結婚生活を「知らない」し、結婚したいと思える人と「まだ」出会えていないだけかもしれない。
いや実はもう出会っているのかもしれないネ。
結婚式をみた後で誤解を招くが、幸せになって欲しいとはちゃんと思っているので、ごめんねと先手を打っておく。
①②で温度差すごいですが、
この両極のちょうど良い妥協点を見つけるべく
頭の中をせっせと整理中なわけです。
うーん、結婚はしたい、したいけどしたくない、
結婚せずパートナーと生涯を共にする?
生涯独身?寂しくないか、、?
ここで思い出したのは、私自身の人間関係に対する心得である。
シンプルだが、こうである。
「離れて行く人は勝手に離れて行くし、そこまでの人だと思う。
ずっと共にする人は勝手にずっといるし
勝手に会いたいと思うし、気づけば会っている。そんな人とはたぶん縁は切れない」来る人拒まず、去るもの追わずですね。(来る去る理念と名付けます)
この観念は、友人に当てはめていたけど
恋人で応用すると①②のど真ん中にある気がする。あとは流れに身を任せるだけ、
どんな形であれきっと未来は明るい。そうであってほしい。
うん、割といい妥協点ではなかろうか。
そんなこんなで余談だが今は好きな人がいる。
運命を感じた人である。久しい感覚だった。
ワクワク、ふわふわ、もやもや、ドキドキ
心は忙しい。
返信を待っている自分、ひえー!
声が聞きたい自分、ひえー!
好きって言いたい自分、ひえー!
、、、ひえー!である。
ひえー!すぎて頭おかしくなりそうなくらいには
好きである。正直仕事が手につかないつかない。
心が忙しい、でも嬉しい。
果たして両極に苛まれた私は、来る去る理念に腰を据え、大恋愛時代のフィクションを渡り歩くことができるのか。
後編はないが、乞うご期待。いや私が勝手にこれからを期待しているだけです、失礼。
好きなんて曖昧なものに振り回されるのは
御免ナサイだが、共にしたいと思える人とは
共にいるべきである。友人でも恋人でも。
気づいたらなんか隣にいるし
一緒に飯なんて食べてるはずである。
きっとそのはずである。
メモのつもりが終点まできてしまった。
それでは、明日からもたくさん悩んでは
少し休んで忘れて、また悩もう。
運命に爆発を、南無阿弥陀、Amen...
夢の話
未来を思い描くことは楽しい、楽しい、楽しい
緑と海が見える丘で 珈琲を淹れる
知らない人と話す
その人は緑と海を眺めながら
珈琲をゴクリとする
目と鼻と耳と口が美味しそうな形をする
音楽が風に乗る
男女が最近見た映画の話をする
適当な相槌が心地よい
もこもことした雲が泳ぐ
店をしまう
後悔が海に流れないよう
何度も何度も楽しいを思い起こすのです
4月
4月
暖かったり肌寒かったり
湿っぽかったり雨だったり
出会いと別れと
朝と夜と
ヒナゲシが咲いていた、揺れていた
春風にのって あなたは居なくなる
どこか遠くの国に行ったあなたに
したためる私の寂寥は
綿毛になって 迷子になって
宙で弾けて 優しいあの子が見つけてくれる
その星の名前は 誰も知らない
遠くの国で あなたは 一つの光を見る
その時 私は 宇宙と一つになって
星の海を泳いでいく
獅子座で少し休んだら
誓いのない確かな約束を目掛けて
旅に出るのです
また春がくる
元気?
ありがとう。
大丈夫。
言の葉が舞う柔らかい午後
私は 綿毛と一緒に言葉をしまう
さて あなたは 元気?
お金の勉強
思えばお金の教育を受けたことがない
思えばお金に関して損をした記憶しかない
お金に働かされて
会社を豊かにするために働いて
それはいつまで経っても
自分に余裕など生まれる時は
一生来ないと気づいた
ましてや自分のためでもない
頑張りが最後に自分の財産・資産として
残らなければ意味がない
会社を作る?株を買う?不動産をする?
お金に働いてもらうには
まずお金の勉強つまり法律、投資、市場、会計の勉強をすること。
自分のキャッシュフローを客観視すること、
負債と資産の違いを明確にすること、
書ききれないが何かを極めることも必要、
それ以上に生活のためにお金をことをもっと知ることの方が大切。
公的教育は「雇われる側」として
施される部分が余りにも多い、全てといっても
甚だおかしくない。
そんな気づきのメモです。
久 詩を描く書く欠く?
2026.03.25
#好きなものは好きなのだ
私は夜だ
息を吸っては 思考を巡らせてみるも
乾いた喉の奥にある
宙ぶらりんな頭では ただただ親指の形を
なぞるだけである
身を委ねる夜だ
もう明日だ
梔子の片隅が 星のように見えた
不言 音 睫毛 石
芸術とは 文章とは
形無いものこそ 足跡なのだ
夏をあきらめきれなくて
こんにちは。海です。
酷暑が続いておりますが、皆様はいかがお過ごしでしょうか。
私は夏は好きですが、嫌いになりそうなくらいに暑さと日々格闘しております。
ええ、とりあえず季節のご挨拶を済ませたところで、まずは
長らくの間サボっておりました、というご報告です、、、
もうね三日坊主といわず1年坊主くらいサボっていましたね(笑)
勿論読者なんていないんですけども、唯一私の記事をすこーーしだけ
楽しみにしている友人がおりまして、
たまーーにその友人に会った時に、「おまえのマイよすが雑記楽しみにしてるぜ」と
釘を刺されるような言葉をもらっておりました。54君待望の更新だよ、どうぞ目に焼き付けてくれ!!
そんな大口を叩いておりますが、今回書く内容なんて決まっていないわけで
更新していない約1年間に積もる話なんて山のようにありましたが、
今回は友人の季節にまつわる話でもしたいと思います。
その友人T君は、季節の変わり目をいち早くキャッチする能力Lv.100でありまして、
春から夏になりキンキンに冷えた飲み物が体に染みる時期になると
「いやあ、ソルティライチが飲みたくなるのマジ嬉しい」とか
夏から秋の変わり目には
「この冬の空気の匂いマジで好きなんよなあ」とか
四季折々に対する感受性が豊かすぎて、勝手にこの季節の変わり目を
感じる現象のことを”T君現象”と呼んでいます(笑)
そういえば、前記事でもT君のことを書いていましたね、めちゃくちゃT君のこと好きみたいで少し恥ずかしい。
まあ、そんな日本に生まれたことに誰よりも喜びを感じているような
友人のさりげない一言のお話なのですが、
よく「好きな季節は何?」といった
アイスブレイクテンプレートみたいな質問がありますよね。
僕もこの質問には大変お世話になってきました(笑)
質問に対して私はいつも”冬”が好きだと答えていました。
理由は、冬のツンとした空気が好きだし、猛暑にうなされることもないし
夏に比べてお洒落の幅が広がるし、、、etc
(打ちながら思いましたがやはり冬の比較対象はどうしても夏ですね、たしかに冬を春秋と比べることはなかなかないかも)
そう答えるのが常でしたし、各段夏が嫌いというわけでもなかったのですが
友人の、
「でも、冬だから〇〇しよう!っていうモチベーションにはなかなか至らないけど
夏だから○○しよう!って考えた時に、海に行こう!川に行こう!花火大会に行こう!アイス食べよう!祭りに行こう!フェスに行こう!とか夏にまつわる風物詩がポンポン出てきて、それを本気で楽しもうと思えて想像してワクワクするのって四季のなかでも夏くらいだよね」
飲み込みが遅い私は少し言葉をかみ砕いた後、
たしかに!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
と本当に叫んだのを覚えています。それはもうかなり衝撃的な発見デーでしたし、
この日以降、この質問をされると夏と冬が好き、となんとも贅沢な、はたまた優柔不断な返しをしています、、、
たしかに、冬でも鍋食べたいとか初詣とか餅とかいろいろ出てくるけど
それを全力で楽しもう!っていうモチベーションはあんまりないし、
想像してワクワクするというより、季節の恒例行事としてみなしている部分が
大きくて、楽しむより”嗜む””味わう”の方がぴったりな気がします。
そして夏にあって冬にないもの。その感じ方の違い。
それはなにより、夏には我々人間をいつまでも惹きつける
キラキラ、ワクワクしたものが詰まっているからだと思います。
ここ非常に大事なので、少々の恥ずかしさはないとも言い切れませんが
もう一度言います。
夏には、キラキラ、ワクワクする何かが詰まっています!!!!!!
よし、言い切ってすっきりしたので、久しぶりの記事はここまでにしたいと思います。
何が言いたいかというと、暑さに負けず限りある夏を全力で楽しみましょう!!!!
ちなみにタイトルの「夏をあきらめきれなくて」は
私が敬愛する江沼郁弥さん(旧plentyボーカル)の曲から頂戴いたしました。
長くお付き合いありがとうございました。
ではまた!
海
散歩
こんばんは。海です。
台風が過ぎ、残り風かこちらは肌寒くパーカーを羽織るくらいには
秋の訪れを微かに感じています。
今回は、何を書くわけでもなく今朝の散歩でのことを書き留めようと思います。
本日、9月20日。昨夜は2時過ぎごろ眠りについたはずだったが午前7時頃起床。
このところ、遅寝早起きが続いている。
二度寝を試みるも失敗。むくりとシーツから這い出し
寝ぼけた頭で最初に浮かんできたのは「ゴミ出し今日だったなあ」
スリープ状態の意識で、ゴミをまとめ外のゴミ収集場へ向かう。
外に出て次に浮かんできたのは、「今から散歩しようかなあ」
台風後の少し強いくらいの吹き返しの風と、電源を入れたばかりのこたつのような
しんとした気温と太陽が心地よくて、
ゴミを捨てると寝巻のまま、イヤホンとスマホを片手にほぼ無意識で
家を出ていた。
思えば、夜に散歩をすることがあっても、早朝?にはしたことがなかったかもしれない。
2か月前、異動でこの地に越してきてから、近隣を散策したことがなく
とても、とてもワクワクしていた。
折坂悠太を聴きながら、家を出て右に曲がる。
住むアパートの裏の墓地に手塚家、と書かれたお墓が沢山並んでいた。
遅い時間帯しか通ったことがなく、なんとなく気味悪がっていたので
まじまじとお墓を見ている姿は、滑稽に見えたと思う。
細い路地を進むと新旧ごちゃまぜな住宅、アパートが並ぶ。家族か他人かわからない
無地のTシャツを着た母親とその祖母?がゴミを捨てに行く途中のようだった。
その後ろを学ラン姿で自転車を漕ぐ高校生が追いかける。
顔も合わせないしおそらく他人だろう。
舗装されていない道を進むと、山岳の上をバルーンが飛んでいるイラストが描かれた
シャッターのある、民家が左手に見えた。その先に光に晒された稲田があり
トンボとやぶ蚊と台風でなぎ倒された稲を眺めていた。なぎ倒された稲は
時間が経てばまた立ち上がるのだろうか。
中にはそこだけ切り取られたような、台風の影響を一ミリも感じさせない稲田もあり
物凄く不思議だった。
光の加減で仄かにえんじ色に見える稲を見ていたら、
なんだかセンチメンタルになりそうだったので、田んぼと用水路のあぜ道を
急いで進んだ。
空は、嫌みかというくらい澄んだ青だった。制服姿の近隣の中学生が自転車を漕いで
登校している。しばらく立ち止まって見ていたが、徒歩の生徒はおらず
全員自転車だった。男子生徒の数人は暑いのか、格好いいからか
ヘルメットをしていない人もいた。たしかに、高校生になって初めて
ノーヘルをしたとき、なんだか大人に近づいた気がした。
遠くの曲がり角で、幼稚園の送迎バスが停まった。中には園児は誰もおらず
先生らしき人と運転手の二人だけだった。
送迎ポイントだろうと眺めていると、私の後ろから「急いで急いで」と
両手に黄の帽子をした兄弟と思しき二人と手を繋いだ、母親の姿が見えた。
バスの残り数メートルのところで片方が盛大にこけていたが泣かなかった。たくましい。
二人を見送ると、母親を残してバスは消えていった。母親はまた速足で自宅へと
戻っていった。私は保育園が近かったので、バスではなく徒歩だったと思うが
保育園まで親と一緒に行っていたか全く思い出せなかった。
キンコンカンと私の知っているどこか冷たい音色ではなく
無駄に温かみのあるチャイムが鳴る。鈴虫が鳴いている。
車とすれ違う。ついさっき見たことがある人だと感じたが思い出せなかった。
路地幅が広くなり、また住宅街へと入っていく。真っ赤な彼岸花が咲いている。
昔、母が好きだと聞き、見つける度に持って帰ったことをふと思い出した。
今も、母は彼岸花が好きだろうか。今見ると、なんだか毒々しく
あまり好きだとは思わなかった。
まだ青い柿と唐辛子がなっている。川から音がする。覗き込むと
苔というか泥というか、肥大したカオナシから出る
ヘドロのようなものを纏った鯉がいた。路地を進む。
住宅街の一角にいかにも!というようなラブホテルが建っていた。
あまりにも住宅街に馴染んでおり、自然な不自然さに変な気持ちになった。
まっすぐ行けばすぐ大通りに出ると分かったので、遠回りして帰ることにした。
再び、田んぼ沿いを歩く。風が水面を揺らしている。
木々の一部は赤く色づき始め、秋が近いことを教えていた。
鯉が水を叩く音が聞こえる。音の方に目をやると、頭だけ水面から出していた
カメと目が合った。瞬間、水の闇に消えていった。
季節の変わり目が好きな友人Tがいる。肌寒さで彼のことがよぎる。
携帯を開くと「普通に寒くてマジテンションあがる」と7分前に
インスタのストーリーを更新していてなんだか幸せな気持ちになった。
私も応えるかのように
「肌寒くなってテンションあがる気持ちに名前がないなら、友人T現象と
名付けたい」とストーリーを更新した。そのあと、名前があるかどうかが
気になり調べている途中で充電が切れてしまった。
既に、2時間くらい経っていたので自宅の方へ
新築が向かい合う路地を進む。新築綺麗だなあ、と思う反面
どこか人工的な冷たさを感じた。
途中大きなカメが水面に浮かんでいた。全く微動だにせず
死んでいるらしかった。幼い頃、小さなミドリガメを飼ったことがあったが
どんな最後だったか、名前すら思い出せない。
新築の玄関隣にあるデッキは何で人目に付く表に作るのだろう、日当たりがいいから
なのだろうが、もし取り付けるのであれば、裏の人目につかないところがいいなあ。
さっきすれ違った既視感のある車の人は、
ゴミ出しに出ていた無地Tの母と祖母だったか、家族だったのか。
今にも消えそうなどうでもいい思考を巡らせながら、
なぜか稲田の隆起したあぜ道を歩いていた。
もう肌寒さはなく、羽織っていたパーカーを脱いだ。
ほんのり体が火照り始めていた。
自宅付近、細い路地を隔てて片側が築50年以上はある民家、
片側が新築だけが並ぶという、悪意的な、意図的に分けられたかのような
通りがある。何度も通った道だが、全く気付かなかった。
ひょっとすると、路地で区切られて階級分けされているのかも、とか
両サイドめちゃくちゃいがみ合っているとか、
イギリスの階級地区のようなあるわけもないことを考え
少し怖くなり小走りで帰宅し、2時間強の散歩は幕を閉じた。
何が言いたいわけでもなく、ただただここに書き留めておきたかったので
どうか味っ気のない文章にご勘弁ください(笑)
秋が近いですね。嬉しいです。そう思ったあなた。それは友人T現象です(笑)
もし名前があればぜひ教えてください。
それでは、また。